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*あんみつ*

毎日をちょっと楽しく幸せに。

不幸な親子。

 

 

私は母が好きである。

 

 

これが大前提で、今日のブログを書いていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

10年前、母は父と離婚した。

 

世間の結婚圧力がどうしても嫌で家を出たくて半ば無理矢理に結婚したのだと何回私に言い聞かせたのかわからないくらい。

 

それを聞かされるたびに毎回「なんでこんな豚みたいな父と結婚したんだろう。」とは思っていたけれど、聞かされる私は、その父のDNAを半分受け継いだ私は、毎回居場所がない罪悪感を抱いていた。

 

 

母が言うにはこの先私が一人立ちして家に父と一緒に暮らすことを考えたときどうしようもない気持ち悪さを覚えたんだと、ホントどうしようもない。

 

 

そんなわけで私は中学1年生のころから母と二人、犬を入れて3人暮らしをしています。

 

 

母は契約社員にもかかわらず独身時代の貯金を切り崩しながらも中古でマンションを買ったりできる限りのことを私に尽くしてくれた。その愛と行動は裏切りのないものでこんな自己中な娘をよくぞこ個まで育ててくれたんだと思うと頭が下がる。

 

 

でも、辛いこともたくさんあった。

 

 

二人で家を支えるとなると、家事の分担も一人一人の負荷も大きくなる。

 

 

私は学生時代から母を支えられるように毎日自分にできる限りのことはした。家事のために、母のために学校にから家まで直帰して家事に全力を尽くした。

 

母に友達と遊びに行くと言うと「あんたは楽でいいね。」って言われるからなるべく遊ぶときは母と一緒に遊ぶようにした。友達に会える時間は学校だけで、放課後みんなで遊びに行くなんて夢の夢だった。

 

 

大学もサークルに入ったはいいものの、帰りが遅くなると母に怒られるから言った回数は片手で数えられるくらい。毎日授業とアルバイトで自分の時間が埋まっていた。友達と遊ぶために大学の授業をさぼった。サボったことは母に言わずこっそり友達と遊んで、自分の辛さを濁していた。

 

 

それでも私は私にできる限りのことを家に、母に、尽くしてきたつもりだった。

 

 

 

きっと母は母なりに苦しかっただろう。

 

契約社員という不安定な立場で毎日働き続けて、自分の服も娯楽も我慢して私を旅行に連れてってくれたり母のできるすべてのことを私に尽くしてくれた。

 

 

なのに。

 

 

私たちはいつも不幸だった。

 

 

 

母は自分が疲れているといつも「あんたは楽でいいね。」と言う。私はこんなにつらかったんだと言う。

 

 

まるで私が幸せに生きているかのように言う。

 

 

 

私全然幸せじゃないのに。

 

 

 

 

私は私なりにやってきたと家事を具体例に挙げると、「そんなこと(お金にならないこと)頼んでない。」と言われてしまう。これまでの頑張りは母の中ではどうだっていい、ただ自分がかわいそう、つらいんだということだけを伝えたいだけなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

私は社会人になって家に毎月6万円ほど入れている。これが生活費の半分なんだと母に言われてからずっと入れ続けている。

休職期間中も生活費を入れてきたから、私の財布の残高はいつもぎりぎりだった。でも生活は自由になった。家賃を入れることが母の喜びだったならその役割は果たしているのだから家事もしなくていい、自分の好きなことを思い切りできるようになる。

 

 

 

気がしていたのに。

 

 

やっぱり言われてしまう。

 

 

「あんたが家事をやらなくなったから私の負担が増えた、これはずるい。」

 

 

 

何たる矛盾。

 

 

家のことなんてお金にならないんだからやってもらってもうれしくないと言っていたのはどこのどいつだ。私はこの家に居候させてあげているだけなんだから家の持ち主じゃないといったのはそっちだろう。

 

 

お金さえ入れれば自由なんだろう、お金があればいいんだろう、あれがないこれがないと言われたら私はいつ自由になれるんだ。

 

 

 

結局母の下での自由なんてどこにもなかったのだとわかるまで、5年以上かかった。

 

 

 

 

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おかしいよね。

 

 

二人とも頑張ってきたのに。

 

 

二人とも不幸なの。

 

 

一生懸命頑張ってきたのに、二人で不満のぶつけ合いをしていたら本末転倒。どっちがつらい思いをしてきたんだとかわいそう競争をするのはなんて意味のないことなんだろう。

 

 

 

だからこそ私はもうあきらめた。

 

 

もうこの競争から抜けよう。

 

 

母のために生きるのはやめよう、と。

 

 

私は自分の人生を生きよう。

 

 

 

そう思ってこのブログを立ち上げて、ツイッターを作った、インスタも始めた。

 

 

そこでたくさんの人が私のことを知ってくれて、私のことを応援してくれるようになって、私は外にいることの幸せを手にするようになった。

 

 

幸せは家以外にもあるんだと改めて確信した。

 

 

 

幸せは自分から手にしようと思わないと、望まないと手に入らない。

 

 

 

今私は、幸せです。

 

 

本当は母にも幸せになってほしい。

 

 

私にできることは祈ることくらいしかないけれど、死ぬ前にいつか気が付いてくれたらいいな、と思います。

 

 

 

 

今日も幸せな一日になりますように。

 

 

 

 

たーちゃん