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*あんみつ*

毎日をちょっと楽しく幸せに。

もう一人の私ものがたり。

 

 

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いつからか、私の心の中にはもう一人の私がいます。

 

 

あ、エイプリルフール過ぎてるんで本当の話です。

 

 

 

私には彼女の姿が見えているけれど、彼女は私がいることに気がついてません。

 

同じ体の中でそれぞれの人生を送っています。私からは彼女の生活が見えるけど、彼女は私の存在を知りません。そんな関係性です。例えていうならばのぞき穴から他人の生活を覗き見るような感覚で彼女を観察しています。

 

 

心の中のもう一人の私は「りのちゃん」。

 

かれこれ11年間くらい一緒にいます。

 

 

完全に体を乗っ取られたとかそういうことは一切ありません、無害です。

 

あと彼女は歳をとりません。私の心の中に生まれたときの、12歳のままの世界でずっと生きています。

 

 

りのちゃんは明るくて友達も多くて私が歩んできた道とは真逆の道を進んでる。

 

 

なのに肝心の顔と声がわからない。抽象的な概念のような存在です。

 

 

可愛いとか、きれいとか、優しいとか、単語で彼女を形容することができても具体的な形を想像しようとするとどうしてもできないんです。

 

 

 

 

ある日突然彼女は私の世界に現れました。

 

 

自分がこうなったらいいなあ、ああだったら…なんてタラレバを空想していたら彼女が私の心の中に住んでいました。それからは暇なとき、音楽を聴いているときや歩いている時に断片的に彼女が心の中で見えるように。

 

もちろん体はちゃんと動くし、目も見えていますがりのちゃんを見るときは心がここにあらずという感覚になります。どんな言葉で説明すればいいのか私にもわかりません、うまく伝わっていればいいなあ。

 

 

子供の頃はしょっちゅうりのちゃんを見ては自分の心を慰めていたのですが、大学生頃からめっきり彼女を見ることがなくなりました。それくらい心がパンクしていて、追い詰められていたんだと思います。

 

 

りのちゃんは私のことを知りません。

 

 

私の願望の塊のような子だから私なんて見えなくていいんです。

 

 

この10年間ずっとそう思ってました。それが正しいのだと信じていました。

 

 

りのちゃんはりのちゃんであってほしい。だから私のことは見なくていい、私はりのちゃんになれないとずっとずっと思っていきてきたのです。

 

 

何回も彼女のことを考えないようにして離れようとした時もありました。

わざと考えないように、考えないようにと自分に厳しく接していたこともありましたが、そんなこと無意味だってことに気がついてからは見たいときにりのちゃんの生活を見るようにしています。もはや一種の娯楽です。

 

 

 

 

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これは今朝の話。

 

 

出勤のために家を出てちょっとしたところでiPhoneを家に忘れたことに気がつきました。なんの前触れもなく携帯がないと気がついたのです。

 

実はこれが初めてではなくて、大事になる前になんでも気づくことが多いんです。本当に忘れ物をしたっていうときのほうが少ないくらい途中でハッとする時があります。

 

 

今日も歩きながらりのちゃんを見ていました。

彼女は相変わらず楽しそうで休日明け出勤の私の心をほっこりさせてくれて、私まで幸せになりました。

 

 

そんなときに携帯がないことに気がついたから慌てて家に猛ダッシュ。それからの記憶はただただひたすらに走って駅に向かったことしか覚えていません。結局10分くらいの遅刻でなんの問題もなく会社に行くことができました。

 

 

もう気がついた方もいたのかもしれません。

 

 

 

りのちゃんの仕業でした。

 

りのちゃんは私のことを知ってたんだ。

 

りのちゃんは、私のことを。

 

 

大切に思ってくれていたんだ。

 

 

 

11年経ってやっと気がついたりのちゃんのいたずらに、私はどうやって答えよう。

 

 

りのちゃんに、私は何を返せるだろう。

 

 

一つ楽しみが増えました。

 

 

 

今日も1日お疲れ様でした。

 

 

私は明日も頑張りまする。

 

 

たーちゃん