*あんみつ*

毎日をちょっと楽しく幸せに。

もう一人の私ものがたり。

 

 

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いつからか、私の心の中にはもう一人の私がいます。

 

 

あ、エイプリルフール過ぎてるんで本当の話です。

 

 

 

私には彼女の姿が見えているけれど、彼女は私がいることに気がついてません。

 

同じ体の中でそれぞれの人生を送っています。私からは彼女の生活が見えるけど、彼女は私の存在を知りません。そんな関係性です。例えていうならばのぞき穴から他人の生活を覗き見るような感覚で彼女を観察しています。

 

 

心の中のもう一人の私は「りのちゃん」。

 

かれこれ11年間くらい一緒にいます。

 

 

完全に体を乗っ取られたとかそういうことは一切ありません、無害です。

 

あと彼女は歳をとりません。私の心の中に生まれたときの、12歳のままの世界でずっと生きています。

 

 

りのちゃんは明るくて友達も多くて私が歩んできた道とは真逆の道を進んでる。

 

 

なのに肝心の顔と声がわからない。抽象的な概念のような存在です。

 

 

可愛いとか、きれいとか、優しいとか、単語で彼女を形容することができても具体的な形を想像しようとするとどうしてもできないんです。

 

 

 

 

ある日突然彼女は私の世界に現れました。

 

 

自分がこうなったらいいなあ、ああだったら…なんてタラレバを空想していたら彼女が私の心の中に住んでいました。それからは暇なとき、音楽を聴いているときや歩いている時に断片的に彼女が心の中で見えるように。

 

もちろん体はちゃんと動くし、目も見えていますがりのちゃんを見るときは心がここにあらずという感覚になります。どんな言葉で説明すればいいのか私にもわかりません、うまく伝わっていればいいなあ。

 

 

子供の頃はしょっちゅうりのちゃんを見ては自分の心を慰めていたのですが、大学生頃からめっきり彼女を見ることがなくなりました。それくらい心がパンクしていて、追い詰められていたんだと思います。

 

 

りのちゃんは私のことを知りません。

 

 

私の願望の塊のような子だから私なんて見えなくていいんです。

 

 

この10年間ずっとそう思ってました。それが正しいのだと信じていました。

 

 

りのちゃんはりのちゃんであってほしい。だから私のことは見なくていい、私はりのちゃんになれないとずっとずっと思っていきてきたのです。

 

 

何回も彼女のことを考えないようにして離れようとした時もありました。

わざと考えないように、考えないようにと自分に厳しく接していたこともありましたが、そんなこと無意味だってことに気がついてからは見たいときにりのちゃんの生活を見るようにしています。もはや一種の娯楽です。

 

 

 

 

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これは今朝の話。

 

 

出勤のために家を出てちょっとしたところでiPhoneを家に忘れたことに気がつきました。なんの前触れもなく携帯がないと気がついたのです。

 

実はこれが初めてではなくて、大事になる前になんでも気づくことが多いんです。本当に忘れ物をしたっていうときのほうが少ないくらい途中でハッとする時があります。

 

 

今日も歩きながらりのちゃんを見ていました。

彼女は相変わらず楽しそうで休日明け出勤の私の心をほっこりさせてくれて、私まで幸せになりました。

 

 

そんなときに携帯がないことに気がついたから慌てて家に猛ダッシュ。それからの記憶はただただひたすらに走って駅に向かったことしか覚えていません。結局10分くらいの遅刻でなんの問題もなく会社に行くことができました。

 

 

もう気がついた方もいたのかもしれません。

 

 

 

りのちゃんの仕業でした。

 

りのちゃんは私のことを知ってたんだ。

 

りのちゃんは、私のことを。

 

 

大切に思ってくれていたんだ。

 

 

 

11年経ってやっと気がついたりのちゃんのいたずらに、私はどうやって答えよう。

 

 

りのちゃんに、私は何を返せるだろう。

 

 

一つ楽しみが増えました。

 

 

 

今日も1日お疲れ様でした。

 

 

私は明日も頑張りまする。

 

 

たーちゃん

 

お金のばーか、大好きだ。

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昨日は思い込みについて書いたけれど、絶賛今も思い込みに心を縛られております。

 

 

いろんなところに過去の自分の思い込みがいっぱいあって、すんごい状態になってました。人間まだまだこれからだなあと思って徐々に外していけたらいいなあ。

 

 

食事の話は昨日したと思うんだけど、私を一番縛っていたのはお金だったことに気がつきました。お金の呪縛ってすごいなあってお話を今日はしますね。

 

 

お金って数字の世界です。

 

 

経済学ではお金は交換手段として、ものやことの価値を表す尺度として、価値の貯蔵機能として働くものと定義されています。

 

数字を使うことで分かりやすくしようっていう先人からの知恵を受け継いで今の時代も活躍しているお金。分かりやすすぎて私たちの心を縛ってしまう側面もあります。

 

 

 

お金がないという呪いです。

 

 

 

 

あれがほしいけどお金が足りない。

 

こんなに働いているのにお給料があがらない。

 

生活が苦しい、豊かにならない。

 

 

 

 

私も今苦しんでおります。

 

 

自分の生い立ちについて責めるわけではないですが、ひとり親の元で育った私はそんなにお金の余裕があったわけではなく、大学時代もアルバイトの思い出がほとんどという状態でした。

 

 

もちろんそれが体型にも反映していました。

 

 

お金がないストレスは過食に繋がりやすくなりますし、体重と同じではっきりしてしまうので心にお金の不安がどんどん積もっていく傾向があります。

 

 

 

毎日口座の残高を確認してはため息をついたり、何かを諦めたりしてませんか?

 

 

 

私はしてますよ、バリバリしてます。

 

 

一回これじゃいけないと思って、不安を隠しながらほしいものを好きなだけ買って見たこともありましたが本当にお金がなくなっただけ。お金持ちのふりを自分なりにしてみたんですが、ダメでした。ってか買い物依存症になりかけました。

 

 

 

 

そんなことがあったので、今回再チャレンジするにあたって、こんな本を読んでみました。

 

 

 

 

 

パムグラウトさんの本を読んでみたのです。

 

 

ごめんなさい、引き寄せスピリチュアル大好き人間ですのでこんな本しか読まないのです。面白い本でしたが割ときつく書いてあるかなって感じがしました。

 

 

読み終わってもやっぱりお金に対して不安な気持ちがどうしても消えなくてどうしようもなかったのですが、好きなことやりたいことを100リストアップして見たらどうしてもお金が欲しくなってしまって、悶々としてたのが最初につながります。

 

 

 

自分の望みが全部叶う前提でリストを作っていたのでそこは問題なかったんだけど、お金ってなるとどうしてもマイナスな思い込みがつきまとってしまってちょっとダウンなう。

 

 

 

 

 

 

 

今の私の状況

 

  • 休職期間が長くて貯金崩して親に借金してる
  • 奨学金も100万以上ある
  • 将来のための貯金ゼロ
  • やばくね?これやばくない?

 

って感じです。

 

 

 

 

やべえよブログなんかやってる暇あったらさっさとお金稼げって感じです。

 

うち副業禁止だけど笑

 

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それでもしたいこと、ほしいことを諦めるかって聞かれたらそうはいかない。

 

 

絶対に諦めたくない、絶対叶えてやるって感じ。

 

 

お金の不安なんて蹴散らしてやるって気持ちでまた思い込みをぶち壊すチャレンジをしていきます。

 

 

 

お金は人間が望んだからできたんです。

 

ほしい物も望んだから生まれたんです。

 

諦めるために生まれたものではないはず。

 

 

物の価値はお金だけでは測れません。安いものでも長く使えるものだったり、そばにあるだけで心を安心させてくれるものだってあります。持ち主によって変わってくるものだと思います。

 

 

 

だから今日からはほしいものをなんでも手に入れられる、 お金はいつでもほしい時にある。という暗示とイメトレをしていきます。

 

 

大金持ちになる女です、私は。

 

 

夢見がちだと言われても構いません。夢を見れないおとなになんてなりたくない。

本当はお金だって嫌いだよ!!今まで私のことを散々苦しめてきたやつだもん!!!

 

でもそんなお金がないと人間界は困っちゃうから、今度はちゃんとお金を従わせることができるたーちゃんになってやる!!!

 

 

そんな気持ちで一歩ずつ、お金とも和解していこうと思います。

 

 

大嫌いなんて言ってごめん、本当はお金大好きだよ。

 

 

だからもう一度手元に戻ってきて。

 

 

私を豊かにしてください。

 

 

たーちゃん

思い込みとアイスラテ。

 

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今日は休日。

 

世間ではエイプリルフールです。

 

私は言葉を大切にしたいから嘘はつかないけれど、パロディがいろんなところに溢れていてみんな楽しんでいるならそれはそれで素敵な四月一日になりそう。

 

 

ところで去年の今頃は入社式だったなあ。

 

あれからすごく密度の濃い一年を経験しました。

 

就職して休職を半分ずつ経験して普通の社会人とは別の道を歩くように誰かに言われたような気がします。

 

 

 

 

 

それまでは普通に就職して、結婚して、子育てして、老後をゆっくり過ごすっていう世の中の女性がみんな望むような人生を送るんだと思っていた私です。

 

 

気がついたら夢にまっしぐらに生きていました。

 

 

貯金もツテも何もないけれど、なんだかうまく行く気がする。

 

毎日ワクワクしながら生きることができるようになったのは、思い込みをなくすように生きているからなのかもしれません。まだ途中だよ、完璧じゃないよ。なかなか難しいけど頑張ってます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例えばね、ダイエット。

 

あれは体に悪いとか、これは…っていろんな制限をかけてしまうこと。

 

まあファストフードは体にいいとは言い切れないし、甘い飲み物も頻繁に飲むのとかは確かに悪いことなのかもしれない。カップラーメン毎日食べてた時は毎日ゲロゲロしてたし、いい気持ちには程遠いって感じでした。

 

 

 

 

 

まず自分が何が食べたいのか、何を欲しているのかを聞いてあげるのってすごく大事なこと。

 

 

 

 

自分がどう感じているか、それに素直に従っているか。

 

 

 

試しに思考にがんじがらめになっていたこともあって実験目的兼どうにでもなれ精神で好きなものを選ぶように意識的に行動してみたんだけど、体重あんまり変わらなかったです。測ってないから知らないけどまああんま変わってない気がします、気だけ。

 

 

 

この経験から体と心って連動していること。

 

体が欲してるものを心はちゃんと知っているんだなあって改めて実感しました。

 

 

 

 

そもそも時間っていう概念も人間が生きて行く上で必要だと思ったから作られたものなんだから、毎回の食事で栄養バランスを考えるんじゃなくて数日間に分けて考えることも大切で。

 

一回の食事で体に悪いものを食べたからといって、食べ過ぎてしまったからって体ってそんなにやわじゃないからなんとかなるもんです。

 

 

辛い辛いと言って食べ過ぎてしまったり、食べることが怖くなってしまうのは自分の食べたいものを食べてないからじゃないかなあ。

 

 

これが体にいい。

 

あれじゃなきゃダメ。

 

あーでもないこーでもない。

 

 

 

 

知るか。

 

 

 

一度きりの人生だ。

 

 

好きなもんくらい食べさせてくれ。

 

 

食事くらい好きにさせてくれ。

 

 

 

って開き直ることもすんごい大事。

 

 

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思い込みをなくすと、自由になれます。

 

それくらい日々自分で作った勝手なルールに縛られてるんだ。

 

気づかないうちにがんじがらめになってるんだ。

 

 

 

 

今日もアイスラテが美味しい。

 

 

コーヒーフロートも美味しい。

 

 

パンケーキも美味しい。

 

 

 

私が私である限り、はっぴーが尽きることはない。

 

 

なんて気取ってみます。

 

 

byたーちゃん

 

 

 

 

はっぴーを探して。

 

 

私は今、はっぴーである。

 

 

最高にはっぴー。

 

だって仕事も終わって明日行けばお休みが待っている。

 

ブログを書きながら、曲とキャラしかしらないエヴァのホモマグカップでルイボスティーを飲んでいるこの瞬間をはっぴーという以外になんて言うのか私は知らない。

 

 

大好きな音楽を聴くのも幸せだし、何もせずに布団にくるまるのも幸せ。 

本を読んで知識を深めることも、仕事で忙しく動き回るのだって幸せになっちゃうんだから安いもんだ。

 

 

幸せに色も形も名前も本当はないのに、世の中にはたくさんの幸せになれるハウツー本があふれていて驚くことがある。

 

 

本当はすぐそばにあるはずのはっぴーより他人から与えられる一瞬の賞賛や快楽、物欲に支配されてることにさえ気づかない私たち。

 

 

そんな世界だからこそ、

 

自分が心から満足できる選択をして、

 

あなたがほしいと思ったものを選んでさ、

 

はっぴーを探しに行こう。

 

 

 

 

ここで問題です。

 

 

 

あなたのはっぴーと笑顔をだれよりも望んでいるのは誰でしょう?

 

 

 

 

答えがわかったら、さあいってらっしゃい。

 

 

 

たーちゃん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春と私の未来。

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厳しかった冬もいつの間にかどんどん後ろに下がっていって、春がまた来ています。

 

 

暖かい日も増えてきて、心まで踊るよう。

 

 

私の心境、周囲もふんわりと変わってきました。

 

 

あの頃の私に向けて、将来の話。 - *あんみつ*

 

ちょっと前にこんな記事を書きました。

 

あのころはまだ仕事も始まっていなくて、比較的ゆるゆると生活していたころ。まだ一週間もたっていないくせに思い出して懐かしさを感じてしまいます。

 

 

ただ時間の制約がない生活は、私自身と向かい合う時間も多かった半面自分の弱さや悪いところに目が付きがちで落ち込むこともありました。

 

それでも引き寄せの法則に従いながら、「自分の声に従って行動する。」「自分の願望を明確にする。」「自分が気持ちいいと思う選択をする。」ことなど、自分を基本にした生活を心がけたおかげで現在仕事で落ち込むことがあっても自分本位で物事を考えられるように少し変わってきたような気がします。

 

 

特に自分の気持ちいいと思う選択をすることでホッとする時間を意識的に作れるようになってきました。

 

結果も少しずつ出てきました。

 

 

まず仕事でしたミスについて自分を責めることが少なくなりました。完全に私は悪くない!なんて思おうと思っても無理なんですが、そんなこともあるよね、このミスのおかげで次に気をつけなきゃいけないことが分かった、なんて方向に考えられるようになってきました。

 

その次に変わったことは、以前よりストレスに対して攻撃的ではなくなりました。以前はいろんなことに対して勝手にストレスを抱いて、「しなければならないリスト」を勝手に作って落ち込んで…なんて生活だったのですが、前述のとおりできないことはできないと割り切ることができるようになってきたので、家に帰ってすぐに寝込んでしまうなんてことはなくなりました。帰ってきても意欲的にアレしようコレしようなんて考えられるようになって、仕事終わりでもワクワクが止まりません。

 

あと物事をそのまま見るのではなく、さまざまな角度で見れるようになってきました。

 

 

一番変わったのは、恋人との距離感。

 

 

少し長くなってしまうのですが聞いていただけると幸いです。

 

 

私と恋人は同い年だけど私は社会人、彼は学生という立場です。県またぎの中距離恋愛のような形で、会えるのも月に1回かそれ以下という形です。

 

以前の私は自分の理想にとらわれていて「恋人は定期的に会わなければいけない」「連絡はきちんとしなくてはいけない」「それが恋人、しなければならない」etc…。そんながんじがらめの恋愛を相手にも押し付けていました。

 

もちろん相手も窮屈です、逃げ出したくなるのも当然。次第に会うたびに喧嘩が増えて、何度も続けるか別れるかを話し合っていました。

 

 

そんな生活を続けて1年と半年。

 

 

やっと自分のしてきたことに気が付きました。

 

 

気が付いたときにはもう遅かった。

 

 

「会いたくない。」

 

 

とLINEで言われました。

 

 

きっかけは些細なことだったのですが、とうとうこんな言葉を言われてしまいました。

 

 

それまで寂しいという気持ちがずっと私の心の中にあって鎖のようにし縛りつけていたのですがその根源がどこにあるのか今までずっとわかりませんでした。

しかしこの一言が考えるきっかけになり、自分の理想が「しなければならない」という執着に形を変えてヘドロのようにこびりついていたことがやっとわかったのです。

 

 

気が付いたのはいいけれど相手にもなかなか連絡を取りにくい状況。

 

 

 

 

そんなときハワイの原住民の言葉「ホ・オポノポノ」に出会いました。

 

「ありがとう」

 

「ごめんなさい」

 

「許してください」

 

「愛しています」

 

この言葉を見たとき、涙が止まりませんでした。

 

だって私が彼に伝えたい言葉はこの4つしかなかったから。

 

 

震える指で

 

「今までそばにいてくれてありがとう」

「理想を押し付けてごめんなさい」

「これから変わるから許してください。」

「本当に悪気はなかったんです、あなたのことがただただ好きだっただけなんです。今も愛しています。」

 

 

なんてことを文字で伝えました。

会ってくれないだろう、電話も嫌だろうと思って私なりの思いやりを込めて言葉を文字に乗せました。

 

 

 

自分が社会人ということもあっていつも少しだけ高圧的な態度をとっていたこともあって自分からこうしてきちんと謝るのはこの日が初めてでした。

 

 

他人に謝って許してもらうという行為をしたのは幼稚園以来かもしれません。もちろん仕事ではいつも謝りっぱなしですが、こうして同年代に対して頭を下げるという行為は久しぶりすぎて恥ずかしいし苦しい体験でした。相手からは短い文章でしたが、許してもらえました。

 

いつも彼のためだと言って行為を押し付けてきた私。

 

好きと自分の理想だけで他人を振り回している状況に気が付くことができたのは自分の感情に敏感になっていたおかげだと思っています。

 

 

自分はどうしたいのか。

何をしたら楽しいと思うのか。

 

 

他人ではなくてあくまでも私が主人公。

 

 

特に相手が恋人だったり友達だったりすると自分本位で考えるということが難しくなるかもしれません、流されてしまうこともあります。

 

それでも今自分がどうしたいのかをきちんと相手に伝えるということが自立した人ということができるのではないかと思います。

 

 

その選択の積み重ねが自分の未来を決めていくんじゃないかなって私は考えるのです。

 

 

 

春は出会いと別れの季節。

 

今までの自分とさよならして、私は私の思う道を歩いていけたらいいなって思いながら今日も生きていきます。

 

 

 

 

 

たーちゃん

 

 

 

 

間食小話。

 

 

シュガーソングとビターステップっていう曲を聞きながらこのブログを書いています、たーちゃんです。リズムが好きです。気になったら聞いてみてください。

 

 

 

夜こんなことを言いながら悶々と悩んで気が付いたら朝がきてました。

 

投票してくれてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

というわけで、ダイエットのお話をしますね。

 

って言っても絶賛ぽっちゃり期なので何とも言えないんですけど、あはは。生理前っていうのと復職のストレスが重なっていっぱい食べてます、生きてます。

 

 

今試行錯誤しているのは間食

 

仕事で何が一番ストレスかと言いますと食べる時間が決められていることです。休職期間中は自分の食べたいものを自由に食べれる環境にいた私ですが、仕事じゃそうはいかない。

 

今の仕事は6時半には家を出てお昼は11時や12時台、買えるのは19時くらいの平均的な時間なのですが、5,6時間空腹時間が続くとやっぱり疲れちゃうんですよね。周りの人とかは飴をなめたりしてるんですけど、なんかしっくりこなくて。

 

 

そこで考えたのは、プロテインをね、間食にね、使ってみようと思うのです。

 

 

なんせ家には3キロくらいのプロテイン様がいらっしゃるのです。

 

これを使わない手はないだろう!?!?!?

 

 

 

というわけで

 

 

朝出勤する時間をちょっとだけ早めて、出勤の時にプロテインを摂取。

 

帰るときにはプロテインバーをもぐもぐしながら帰宅。

 

 

 

っていうのを来週からやってみようと思います。(プロテインバーさんは昨日頼んだのでいつ来るかはわかりませんが)

 

結果はおいおいね、話していきますね。

 

 

そんな感じで今はどんな形で体に足していくのかを考えながら生活しています。

 

 

お腹がすくってことは、体が食べ物を欲しているということ。

 

このメッセージを無視して行動しても辛いだけです。

 

動物だってお腹がすいたらご飯を食べます。おなか一杯になったら食べるのをやめます。

 

対して私たちはどうでしょうか。

 

 

食べたいのに食べない。

 

これ以上食べたくないのに食べ過ぎてしまう。

 

罪悪感を常に持ちながら食べる毎日。

 

 

これが過去の私です。2番目は今ストレスでやっちゃってますね。

 

 

今の私の場合は間食しないで長時間デスクに座っているのでどうしても空腹感を紛らわすことができないのが悩みでした。でも我慢してるほうがつらいので、思い切って食べる選択を選びました。

 

その結果食べるものにこだわることにしたのです。

 

 

今回私が選んだプロテインという選択肢は、タンパク質は消化する時間が遅いという理由から出てきたもので全くダイエット関係ないです笑

 

プロテインにはタンパク質が入っていて、甘いお菓子を食べるより自分への罪悪感もなくなる上に体にもいいし甘いので間食にピッタリじゃないかと自分の中でナイスな考えが出てきたのではないかと自画自賛

 

 

twitterでもちょろっとお話したんですけど、体からのメッセージはきちんと受け取るように心がけてください。

 

「お腹が空いた。」

 

「○○が食べたい。」

 

「体が痛い。」

 

こんなメッセージが日々出ているんです。

 

その時自分はどう行動するか、それが明日も続くダイエット生活になると思います。

 

 

私も今週ずっと無視していたメッセージがありました。

 

 

「だるい。」

 

 

だるいというメッセージ。いたってシンプルっていうかわかりやすいな!?

 

 

これに対して私はと言いますと。

 

 

寝ました。

 

 

 

正しい応答だと思うかもしれませんが、その結果どんどん動けなくなって、ストレスでもぐもぐ期がさらに悪化しました。

 

 

毎日同じ姿勢だと疲れがどっと来ます。人間動かなきゃ固まりますよそりゃ。

 

そのだるい気持ちを受け取って、体にできることをせずにただ寝ただけじゃ翌日に疲れを持ちこしてるわけですからそりゃあ辛いだろう。

 

 

今日から筋トレとヨガをやり直します。

 

動かなくなった体がどうなるか、ちょっとわくわく。

 

 

 

 

 

 

題材からずれてしまいましたが、そんな感じで日々試行錯です。

 

楽しいです。

 

結果が出ても出なくても、自分が楽しければいいや。

 

 

そんな気持ちで取り組んでいます。

 

 

さあ朝ももうこんな時間。

 

 

筋トレしなきゃ。

 

 

 

 

たーちゃん。

 

 

 

 

復職しました。

 

 

久しぶりにブログを書きたくなってこうして今パソコンに向き合っています。

 

ご無沙汰しておりました、たーちゃんです。

 

 

 

私事なのですが、このたび復職しました。

 

昨日から復帰して、新しい場所で新しい仕事に取り組んでいます。

 

 

転職ややめることもできたはずなのに、復職を選んだ理由。

 

それは、

 

悔しかったから。

 

 

適応障害になったのはおそらくこの生真面目な性格のせい。

 

 

休んで仕事から離れたことで、人間関係でつまずいてしまったことや仕事の中でのプレッシャーが多かったことなど仕事に対して客観的に見れるようになりました。

 

自分だけが悪いんじゃない。環境も悪かった。

 

今はそんなふうに振り返ることができます。

 

 

それでも。

 

 

どうしても。

 

 

戻りたかった。

 

 

自分には合ってない仕事だということは痛いほどわかっているのに、このまま辛い辛いと言って逃げている自分も許せなくて。

 

 

もう一度、

 

次こそは、

 

 

という思いで、復職を決めました。

 

仕事というものに対して嫌な感情を抱いたまま夢を追いかけることはどうしてもできませんでした。社会人としての経験を積むということから考えても、同じ職場でもう一度チャレンジしたほうが得られるものが大きいのではないかとも考えました。

 

なんせ、入社して半年です。

 

 

まだまだ伸び白があるはず。

 

 

白に思いっきり黒で描きたい。

 

そんな気持ちにさせてくれたのは、何よりも自分。

 

 

久しぶりに8時から17時まで職場にいる生活は、思ったよりもきつくてつらくて大変でした。自分の好きな仕事じゃないから、思うように頑張れないし、そもそも体力がない。周りの人間が気を使ってくれているのもなんだか居心地が悪いし、自分の部署で貢献できない未熟すぎる人間の心中は決して穏やかではありませんでした。

 

 

ああ、これがブランクなんだなあ。

 

 

そんなふうに感じました。

 

朝も早い、自分の時間が取れない、仕事はわからないことだらけ、人と会話するのもおっくう、帰ってきても寝るしかできない。

 

 

自分の心の弱さというか、甘えというか、箱に閉じ込められた虫のような気分でした。周りの人はよく会社という箱庭の中で働けるなあと感心してしまうくらい、私は情けない人間。会社に戻るっていうことをちょっぴり甘く考えていたのかもしれません。

 

 

うるせーな。

 

とっとと働け。

 

まだ働いて二日だろ、できなくて当然。

 

 

なんていう言葉が言葉が時折脳みそから降ってくるとき、私は何とも言えない苦い薬を飲んだような感覚になります。これはたぶん、人と比べている自分の思考のせい。

 

他人と比べないように自分を大好きになれるようにとずっと実験してきた私でしたが、無意識とは厄介なものでいつでも私を苦しめてきます。

 

 

そして心は早く辞めたい、自由になりたい、自分の好きなことがしたいと訴えかけてくる。

 

そんな狭間に今私はいます。

 

 

それでもお金があればできることはたくさん増えるし、このまま簡単にやめるわけにもいきたくない。

 

 

そんな葛藤の中、私は働いています。

 

 

働いて、います。

 

 

たーちゃん